三線 文化を通し、こころのリゾート発見のお手伝いをします。

沖縄 三線よもやまばなし【四方山話】

  • 三線:伝統の型
    さんしんには7つの型があります。古い順に、★南風原型(ふぇーばるがた)★知念大工型(ちねんでーくがた) ★久場春殿型(くばしゅんでんがた)★久葉の骨型(くばぬふにがた)★真壁型(まかびがた) ★平仲知念型(ひらなかちねんがた)★与那城型(よなぐしくがた)の7つです。
    それぞれの型の名前は、製作者の名前からとっているとされています。それから、天や鳩胸の形がそれぞれ異なります。 また、7つの型の中で一番多く作られているのが真壁型で、現在沖縄の三線店で販売されている半数以上がこの真壁型です。 昔から7つの型の中でもっとも美しい型だと言われています。
    現在は、知念大工型や与那城型なども人気があります。
  • 床の間と さんしん
    沖縄では、床の間に2丁一対で箱に入れ飾る風習があり、「飾り三線」と呼ばれています。
    これは、そこの主人が歌舞芸能に理解のある印であり、また高価な三線を飾ることで生活にゆとりがあるということで「豊かさの象徴」とされていました。
  • 王の宝
    沖縄には、琉球王朝時代王様が認めた三線があります。その三線のことを“開鐘(けーじょー)”といいます。
    王様が認めた開鐘はすべて「真壁型」になります。その開鐘の由来が2つありますので、ここでご紹介いたします。

    ★名器「開鐘(けーじょー)」の名の由来
    昔ある王が昼寝をしていると、臣下の者が男弦を軽くテンテンと弾いていると、王が目を覚まして「今開鐘(暁を告げる鐘)が鳴ったようだが」と言った。臣下の者は「いいえ、開鐘が鳴る時刻ではありません。この音ではありませんか」と答えて、もう一度三線を弾くと、王は大きく頷いた。以来、三線の名器を「開鐘」というようになった。

    ★五開鐘の起こり
    尚穆王の時代(1752年~1794年)に御茶屋御殿に真壁作の三線を集めて弾き比べをした処、九つが八つとなり、夜が更けるに従って大抵の物は音色が悪くなる。独り夜が更けるに従って音が衰えないのみか、暁を告げる開鐘が山々を伝わって響きわたるようになっても、いやが上にも美しい音を出したのが五挺ある。そこでこの五挺が真壁作での優秀なものと決まり、これが「五開鐘」の起こりとなっている。
    五開鐘としていわれているのは、盛嶋開鐘・城開鐘・湧川開鐘・西平開鐘・アマダンジャ開鐘の五つです。 しかし、この五開鐘については各研究者によって意見が分かれており、この五挺は、三線育成保存会の意見になります。
    五開鐘といわれる五つははっきりしていませんが、その中でも5開鐘の筆頭とされているのが「盛嶋開鐘」になります。 現在は県立博物館所蔵。

    当時はほとんどが王府お抱えの職人により作られ、多くが王家で所有されていました。 昭和4年に行われた「日本名寳展覧会」には、旧琉球王家・尚家も自慢の家宝を出品していて、 その中に、王冠や唐御衣装と並んで三線も2挺含まれていました。 筆頭開鐘である「盛嶋開鐘」が出品されたと考えられています。
    盛嶋開鐘は、戦時中尚家から一度紛失しましたが、戦後何十年かたち尚家に買い戻され、その後 尚家より県立博物館に寄贈されました。
    開鐘屋で復刻版「盛嶋開鐘」を確認する。
  • 沖縄 文化財指定
    上記のような名器も戦争で多くが失われてしまいました。 戦後、戦火をしのいで生き残った三線を保護しようと、沖縄県の文化財として指定しました。
    沖縄では20挺が沖縄県の重要文化財として指定されています。 楽器が工芸品として指定されるのは珍しく、20挺という数も目立って多い数です。 戦争中も三線を抱きかかえて逃げまわり、戦火をしのいで生き残った名器が文化財として保護されています。
    沖縄県指定重要文化財に指定された三線
    昭和30年1月26日指定
    翁長開鐘・志多伯開鐘・湧川開鐘 (特定重要文化財)
    昭和31年12月14日指定
    江戸與那型
    昭和33年8月15日指定
    南風原型・知念大工型・久場春殿型・久葉の骨型・与那城型
    平成6年3月15日指定
    盛嶋開鐘 附胴・富盛開鐘 附胴・真壁型 銘西平 ・真壁型 銘安室・真壁型・大真壁型 附胴・平仲知念型 銘時受・与那城型 銘玉城與那・糸蔵長与那城型
  • カンカラ三線の歴史と背景
    戦前(第二次世界大戦前)沖縄では、こどもたちがクバ(ヤシ科)の葉の堅いところを 棹に使い胴の部分を空き缶、弦を麻の皮の繊維をひねって作り、遊んだのが始まり で音はあまり出なかったそうです。
    それから沖縄では、戦争でいろんな物を失ったが今の金武町屋喜の捕虜収容所において棹は、 米軍の野戦用ベットの廃材と胴の部分は、米軍支給の空き缶、弦はパラシュ-トの紐や、 電話線を使い戦前のカンカラサンシンがよみがえったのである。
    音楽の原点は、まさに楽しむことだと思う、当時の収容所の映像を観た時には、まさに生きる、 楽しむ原点を観ました。
    太鼓はジープの燃料タンクを叩き、カンカラサンシンを弾いて唄っている様子を見て、 とても捕虜収容所の中には見えませんでした。
    かんからさんしんはこちら

まちだ屋からお知らせ


  • 当店は、自社工房(沖縄県内)完備でカンカラサンシン~琉球王朝時代の名器、開鐘モデルまで幅広く三味線を製作販売しております。 今までにない新しい沖縄 楽器の開発にも取り組んでおりますのでネット販売ショップ3店舗の中からあなたに合ったさんしんがきっと見つかるはずです。 実店舗、開鐘屋においては、さんしんの名器開鐘モデルの試し弾きができますのでお気軽にお立ち寄り下さい。通販での販売もOK! それから、カンカラサンシンの手作り体験やさんしん 教室の出張体験も行っております。団体予約となりますので、詳しくは下記「まちだ屋」へお問い合わせください。
  • 沖縄本来の三線を復刻する。開鐘屋 TEL:098-982-9488
    三線工房 まちだ屋   TEL:098-958-3090

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